セザール・サンパイオ、引退。
ファーストステージ限りで、選手としての契約を終えることとなったセザール・サンパイオ選手(36)が、引退することとなった。ファーストステージ終了後はブラジルに帰国し、リバウドと共に設立した会社を手伝うと共に、コーチの勉強をする。広島からはスタッフ就任のオファーを受けているが、いったんは帰国して勉強、そして「いつの日か、広島で仕事がしたい。それが来年になったら、うれしいね」と語った。
サンパイオは、1995年に来日。その前年にジーニョやエバイールらと共にパルメイラスをブラジル全国選手権優勝に導き、二人と共に横浜フリューゲルスに加入した。1994年のワールドカップ優勝メンバーだったジーニョの加入は話題になったが、そのワールドカップメンバーに、サンパイオも選ばれることが濃厚だった。しかし、直前で外されてしまったことが、サンパイオのサッカー人生で大きな影響を与えた、という。
当初は、ジーニョの影に隠れて目立たなかったサンパイオだったが、徐々にその存在感を確立。山口素弘とのコンビは、J ナンバー1ボランチコンビとして他チームから恐れられた。1996年、ジーニョが「ブラジル代表になるためには日本は遠い」と帰国していったのに対し、サンパイオは日本に残留。その残留したサンパイオの方が、1998年のフランス・ワールドカップに出場できたとは、皮肉である。この時、サンパイオは「Jリーグを代表して」ワールドカップに出場した、という意識を持っていた。そして、大会オープニングゴールをはじめ3得点を記録し、ファイナリストとなったのは、記憶に新しい。
1998年、フリューゲルスが消滅すると、サンパイオは天皇杯優勝を置き土産に、帰国。その後、スペインでのプレイを経験した後、2002年に柏レイソルに加入した。サンパイオは柏で自分の経験をまわりに伝えようとした。しかし、笛ふけど踊らない。また、同じブラジル人の他の選手がチームの中で専横する不遜な態度をとったことも、サンパイオにとっては許せなかったことだった。
シーズン終了後、柏を退団したサンパイオのもとにJ1数チームからのオファーが舞い込んだ。広島も手を上げた。J1復帰のためには、経験豊富な選手がどうしても必要だった。あのサンパイオが広島に来てくれるのか、という心配をよそに、彼が選んだのは広島だった。「広島にはビジョンがある。僕の経験を、広島の若い選手たちに伝えたい。お金の問題じゃないんだ」。
広島にやってきたサンパイオは、当初、それほど目立たない存在だった。陽気で明るくて、ロッカールームの中では大きな声で歌を歌う。でも、ピッチの中ではそれほど大きな存在感を示していたわけではない。確かに、ボールは彼のもとに集まり、そこからいい展開ができた。山形戦や札幌戦では貴重なゴールをあげた。しかし、精神的な支柱、というほどではなかった。
が、第2クールから第3クールになって、苦しくなってからサンパイオはチームの中心に躍り出てくる。森崎兄弟はサンパイオに常に相談を持ちかけ、服部公太はサンパイオがボールを持つととにかく走った。そして、練習中でもサンパイオは、たくさんの声を出してチームを仕切ったのである。
第3クールの水戸戦前、紫熊倶楽部ではサンパイオの単独インタビューをおこなった。その時、サンパイオは「きれいなサッカーだけでは勝てない」と言い切り、もっと泥臭く勝ちにこだわろう、と激しい口調で訴えた。当初はポルトガル語で語っていたが、通訳を通すのがもどかしくなったのか、日本語でつばを飛ばしながら伝え始めた。
「負けた時、奥さんはいつも僕を心配する。僕が寝ないから。
悔しくて眠れない。だから、帰ってから何度も試合のビデオを見る。何度も何度も。どうして、どうして負けたんだ。そればっかり2日くらいは思ってしまう。切り替えるのも大事。でも大切なのは「次」ではなくて「今日」。今日、勝たないと優勝できない。僕は、優勝しないと住む家すらなかった。服も友達も彼女も手に入らなかった。優勝するには、勝たないといけない」。
「相手も勝ちたいと思ってくる。その気持ちに負けてはいけない」。
「レアル・マドリーはすごいチーム。でも、優勝は簡単じゃない。僕らはレアルじゃないんだから、もっともっとやらないといけない」。
激しく語るサンパイオの姿は、「陽気なサンちゃん」ではなかった。
そして、このインタビューの直後の水戸戦、途中出場したサンパイオは、見事な同点ゴールを決める。後に井川が「このゴールがなかったら、J1にあがれたかどうか、わからない」と言っていたし、小野監督もまた「あの試合は勝利のためにチームコンセプトを調整した試合でした。もしあそこで結果が出なかったら、選手たちは疑心暗鬼に陥ってしまう。だから、サンパイオのゴールは本当に貴重でした」と語ったゴールを、サンパイオの気持ちが生み出したのである。
サンパイオは今年、半年契約を結んだ。そして、「人生で最大の挑戦」とこの半年を位置づけ、奮闘した。しかし、プレイ面の衰えもあり、サンパイオの契約延長はならなかった。
「それは仕方のないこと」とサンパイオは語っている。そして、一度は現役続行の道を模索した。事実、オファーもあった。しかし、サンパイオの気持ちの中で、来季も現役を続けていくという意志が薄れていった。
サンフレッチェがスタッフ就任をオファーしたことが、サンパイオにはうれしかった。「広島は日本でもっとも印象深いチーム」だったことも、そのうれしさの要因だった。このまま残ってスタッフになる道もある。しかし、一度は退団して自分でもう一度学びたい、という気持ちが先にたった。
「サンフレッチェのサポーターに感謝したい。みんな、本当に応援してくれた。山形や札幌など、遠くまで駆けつけて応援してくれた。そういうサポーターのために、残り4試合は全勝したいとし、まだ1点とっていないので、ぜひゴールを決めたい」。
そんなサンパイオのために、19日の新潟戦では退団セレモニーも用意されている。ぜひそこで、サンちゃんに感謝の意味をこめた拍手を送りたい。そして、絶対に勝利して、サンパイオを送り出したい。
ちなみに、サンパイオが現役でもっとも印象深かった出来事としてあげたのは、「広島のJ1復帰」だった、という。

Comments
はじめまして。
東京のJCベストブックスと申します。
サンフレッチェ広島のホームページにも掲載されていますが、
このたび、サンパイオ選手が当社より『SAMPAIO 勝者の証』という本を出版いたしました。
6月19日には広島のリーガロイヤルホテルで出版記念パーティー、
6月20日には紀伊国屋書店広島店でサイン会も開催し、大盛況でした。
やはりサンパイオ選手の人柄のなせるワザ、といった感じでしょうか。
現在広島市内の大手書店を中心に取扱いが始まっています。
広島市内にご在住でない方も当社ホームページより予約が可能です。
私たちとしましても、サンパイオ選手が伝えたかった希望を
多くの方に触れて欲しいと思っております。是非お読みになってください。
http://www.committed-jp.com/jcbb/
Posted by: JCベストブックス | Tuesday, June 22, 2004 at 13:53
第二の人生も成功を期待致します。
広島でまたお会いしましょう。
Posted by: foo | Friday, June 11, 2004 at 14:38