前田俊介について
前田俊介を見ていて、いつもそう思います。
「やる気を出せ」
「やる気が見えない」
そんな言葉を、いつも投げかけられる男です。彼自身は走っているつもりでも、「全然走っていない」と指摘されてしまうんです。
本当に損な男だと思います。
3年目というのは勝負の年。それは昨年、吉弘も青山も言っていました。3年目、ここで結果を出せば、プロサッカー選手としての人生も見えてくる。しかし、逆の目が出てしまったならば、プロとしてやっていくのが難しくなる。
それは、誰もがわかっています。安穏と、3年目を迎えた選手など、一人もいません。いるはずもありません。まして、2年目の柏木陽介がレギュラーを奪い、そして日本代表候補にまで上り詰めているのですから。
考えてみれば、彼らはまだ20歳です。自分が同じ年頃の時は、まだ大学生。クラブ活動に夢中で、人生の現実に直面したことなどありませんでした。確かにお金はなかったし、明日の食べ物にも困ったことはありましたが、それでも明日は右肩上がりの日々に違いない、と何の根拠もなく信じていました。
しかし、彼らは違います。自分が夢を見て、子供の頃から必死でボールを蹴ってきて、何度も何度も、悔しさにまみれながら、ようやくたどり着いたプロサッカーという舞台。サッカーが好きで、ずっとやっていきたいと思うから、日々の厳しい練習にも耐えていられる。炎天下の中走ることも、苦しい筋トレも、厳しい罵倒も。
でも、20歳になってすぐ、厳しい現実に直面しないといけないのです。そのプロの舞台で大きく花を開かせるか、それとももう一度、やりなおさないといけなくなるのか。移籍して、環境が変わることで実力が発揮できる選手もいるが、その確率は決して高くない。何より評価が落ちているのだから、違うステージでやることも覚悟しないといけなくなる。いずれにしても、勝負は3年目。僕が、甘くてぬるい世界に浸かっている年頃に、彼らは人生の節目を迎え、いつも背中に刃物をつきたてられているかのような、そんな冷たい厳しさを感じて、日々をすごしているのです。
前田俊介もまた、その3年目を迎えています。今年、彼は間違いなく、準備をしっかりとしてきました。昨年とは、比較にならない状況で、シーズンを迎えました。
しかし。彼は今、ベンチ入りもままならない状況に追い込まれています。その現実の厳しさを、誰よりも重く、誰よりもつらく感じているのは、もちろん前田自身のはずです。やらなきゃ、がんばらなきゃ。このままで終わりたくない、と一番考えているのは、絶対に彼なのです。
そこで素直に、必死な姿を見せられるような前田であれば、どれだけ幸せなことでしょう。しかし、彼はそういう個性ではないのです。いや、もし必死な姿を人前にさらすようなことになってしまえば、彼の自我は、アイデンティティは崩壊してしまう。前田俊介とは、そういう損な生き方しか、できない男なのだ、と僕は思います。
ボールをパスした後、スプリントでダッシュする。
相手ボールになった後、ダッシュで戻ってポジションをとる。
そういうことができているなら、おそらく監督はすぐにでも彼をベンチに入れるでしょう。しかし、前田はそれができない。しかし、できないからやらない、のではなく、できなくてもやる意欲を見せることが大事なんです。
でも、それができるのならば、前田は前田自身ではなくなってしまうのかもしれません。以前、サラリーマン時代の僕が一緒に仕事をした男に、彼は本当に似ているから、何となくわかる気がするんです。
昨日の愛媛戦、他の人はどう見たかわかりませんが、僕は彼が今までになく、走っていたように見えました。戦っていたように見えました。中盤ではドリブルを封印し、できるだけシンプルなプレーをして、チームのために頑張ろう、としているように見えました。守備でもできないなりにやろうとする姿が、見えました。苦手だった連続したプレー、切り替えなども、自分の中で整理してやりぬこうという気持ちが、見えるようになりました。
贔屓目かもしれません。でも、そう感じたんだから仕方がない。結果として、愛媛にとってもっとも恐怖を感じさせる男になった、と僕は感じたんです。
前田には、いつもふてぶてしく、チームのやり方とは別次元でプレーしてほしい。
そんなことを言う人もいます。
なるほど、確かに前田俊介という男の魅力は、管理された枠に収まりきらない破天荒さと、どんな相手にもびびらず、個人対個人の勝負を挑むいさぎよさにあります。そこから、天衣無縫でアイディアに満ちたプレーが生まれるのですから。
でも、個人競技であればそれは許されますが、チームスポーツであるサッカーでそれをやり抜くには、圧倒的な実力を必要とします。そうでなければ、チームの中で批判にさらされ、外れていくだけなのです。まして、彼のいる世界は、プロフェッショナル。サンフレッチェのサッカーには、選手だけでなく、スタッフ・フロントなどクラブの構成員の生活や夢、サポーターの想いや希望など、個人では抱えきれないような責任が伴います。それを果たすには、どこかで子供から大人へと脱皮する必要があるのです。自分さえよければいい子供から、他人への責任を背負う大人へと。
前田は今、ようやく大人のサッカー人への脱皮を試みようとしているのかもしれません。ただ、彼は一方で、自分のアイデンティティを、結局は捨てきれない男です。その葛藤の中でもがき、苦しんでいるのが、現状につながっているのかもしれません。
その姿を見ているのは、正直つらい。しかし、前田俊介という才能であれば、必ずそこは乗り越えてくれる、と信じたい。いや、信じています。信じきろう、と思います。このまま、沈み込むような才能ではないはずなのです。大人のサッカーと、彼の持つ少年のようなハートが融合し、クリエイティブで破天荒で、それでいてしっかりとチームのために働く。そんなすごい選手へと、脱皮してくれるはずです。それを信じるにたる男だ、と僕は思っています。
前田に今日、「今のサッカーは楽しいか」と聞きました。すると彼は、「はまれば楽しい。あとは俺が走ることや」と言いました。
その答え方がいかにも前田らしくて、そして「はまれば楽しくなるんだ」ということが確認できたのがちょっとうれしくて、ニヤッと笑っていたら、前田がクラブハウスへ引っ込む前に、僕の腹を触ったのです。
「相変わらず、大きいんやな」
こういう憎まれ口は、相変わらずな男です(苦笑)。
なんか、「あしたのジョー」を突然、思い出しました。クールなようで熱く、憎まれ口を叩くも本当は気持ちの優しい少年、矢吹丈を。彼もまた、人に誤解されやすいタイプの男だったから。
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